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最高裁判所第三小法廷 平成10年(オ)994号 判決 2000年5月30日

上告人

X1

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

安福謙二

中村久瑠美

西島良尚

被上告人

Y1

被上告人

Y2

右両名訴訟代理人弁護士

石川順道

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人らの本件請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

職権によって次のとおり判断する。

一  原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。

1  Aは、昭和五七年三月三一日、公正証書遺言により、Bに対し、所有の第一審判決添付別紙物件目録一、二記載の各土地(以下「本件一土地」、「本件二土地」といい、併せて「本件各土地」という。)を遺贈し、遺言執行者にCを指定した。

2  Aは、昭和五七年四月六日に死亡した。その法定相続人は、妻である被上告人Y1、長女である被上告人Y2、次女であるD、Aと先妻との間の長男E(昭和一六年に推定相続人から廃除された。)の長男である上告人X1、Eの非嫡出子であるF並びにAの非嫡出子である上告人X2及び同X3である。

3  本件各土地につき、昭和五七年四月二七日受付同月六日相続を原因とする各法定相続分に従った相続登記(被上告人Y1の持分四八分の二四、同Y2及びDの持分各四八分の六、Fの持分四八分の二、上告人X1の持分四八分の四、上告人X2及び同X3の持分各四八分の三)がされた。

4  被上告人らは、Aの前記遺贈の内容を知り、昭和五八年、静岡地方裁判所富士支部において、Bに対し、右遺贈についての遺留分減殺請求訴訟を提起した。被上告人らは、右訴訟において、Aの遺産は本件各土地(価格五七四〇万円)及び静岡県富士宮市所在の畑(価格約二八九万円)であり、右遺産のほかAがBに対して生前に贈与した土地が遺留分算定の基礎となる財産であるなどとした上、右遺贈について遺留分減殺をした結果、被上告人Y1は本件一土地について三三二一分の一二一一、本件二土地について二四一九分の八八四、被上告人Y2は本件一土地について三三二一分の三〇二、本件二土地について二四一九分の二二〇の各持分権を有すると主張した。

しかし、被上告人らとBとは、昭和五九年五月一六日、被上告人らが、Bから、遺留分減殺を原因として本件各土地を被上告人Y1において持分五分の四、同Y2において持分五分の一の各割合で取得し、他方、Bに対し、遺産である前記畑の被上告人らの各法定相続分を無償譲渡するとともに、和解金五〇〇万円を支払う旨の訴訟上の和解をした。

二  被上告人らは、平成八年九月、上告人らに対し、本件各土地につき本件相続登記を同一相続を原因とする被上告人Y1の持分を五分の四、同Y2の持分を五分の一とする所有権移転登記に更正登記手続をするよう求める本件訴訟を提起した。

上告人らは、本件訴訟において、被上告人らは、遺留分の範囲を超え、上告人らの遺留分を侵害し上告人らに損害を与えることを知って本件各土地を取得したものであるから、被上告人らに対し遺留分減殺請求権を行使するなどと主張して争っている。

三  原審は、右の事実関係の下において、次のとおり判断して、被上告人らの本件請求を認容すべきものとした。

1  被上告人らのBに対する遺留分減殺請求訴訟における主張を前提とすれば、被上告人らは、本件各土地がほとんど唯一の遺産であり、被上告人らがこれを取得することにより他の共同相続人の遺留分を侵害することになると認識し得たと言えなくはないが、そうであっても、相続開始後一〇年以上経過しているから、上告人らは遺留分減殺請求権を行使し得ない。

2  被上告人らは、Bに対する遺贈の登記がされる前に遺留分減殺をし、遺留分をなすものとして、本件各土地につき、被上告人Y1において持分五分の四、同Y2において持分五分の一を取得したものである。そして、遺留分減殺により取得する持分については、相続登記がされていなければ、被相続人から直接相続を原因として移転登記を受けることとなるので(昭和三〇年五月二三日民事甲第九七三号法務省民事局長通達参照)、被上告人らは、本件相続登記を被上告人Y1の持分五分の四、同Y2の持分五分の一の所有権移転登記に更正登記手続をするよう求めることができる。

四  しかしながら、原審の前記三2の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  原審の適法に確定した前記事実等によれば、被上告人らが、遺留分減殺の名目でBから取得した本件各土地の前記各持分は、被上告人らが前記遺留分減殺請求訴訟において減殺請求により取得したと主張していた本件各土地に対する各持分の割合よりも大きく、また、前記和解において、被上告人らはBに対し他の土地の法定相続分の無償譲渡と和解金五〇〇万円の支払を約したというのであるから、被上告人らがBから取得した本件各土地の各持分は、減殺請求によって取得したものとは到底認め難い。したがって、被上告人らは右各持分を減殺請求によって取得したことを前提として前記のような更正登記手続を求めることはできないといわなければならない。

また、そもそも、被上告人らがBから取得した本件各土地の各持分は、遺留分減殺により取得すべき持分の割合に止まるものであれ、右割合を超えるものであれ、本件相続登記がされた後に被上告人らがBから新たに取得した持分であるから、本件相続登記の更正登記によって右各持分の取得登記を実現することはできない。

2  そうすると、本件相続登記を被上告人Y1の持分を五分の四、同Y2の持分を五分の一とする所有権移転登記に更正登記手続をするよう求める被上告人らの本件請求を認容すべきものとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがって、原判決は上告理由を判断するまでもなく破棄を免れず、第一審判決を取り消して、被上告人らの本件請求を棄却すべきである。

よって、裁判官千種秀夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

千種裁判官の補足意見は、次のとおりである。

私は、法廷意見に賛同するものであるが、被上告人らが本来採るべき方策を含め、その理由について、補足して意見を述べておきたい。

本件更正登記手続請求において被上告人らの意図するところは、本件各土地の本件相続登記を、被上告人らが受遺者であるBから取得した本件各土地の前記各持分の登記に是正することにあると解される。しかし、Aは、遺言において遺言執行者としてCを指定しており、遺贈の履行をすべき任務を負うのは遺言執行者のみであるから、本来、Cにおいて本件相続登記の抹消をした上、Bに対する遺贈を原因とする登記手続をすべきものである。したがって、受遺者であるBとしては、本件相続登記が経由されている本件各土地の所有権移転登記を得るために、所有権に基づき本件相続登記の抹消を求めることは可能であるが、遺贈の履行としての所有権移転登記手続は遺言執行者に対して求めるべきであったのであり、Bから前記経緯で本件各土地について五分の四、五分の一の各持分を取得した被上告人らにおいても、右持分権に基づき相続登記の抹消登記を求めるとともに、Bに代位して、遺言執行者に対しその遺贈の履行を求めるというのが本則であろう。被上告人らが、遺言執行者を何ら関与させることなく、遺贈の履行義務を有しない相続人らのみを相手として、直接、本件相続登記の更正登記手続を求める本件請求は、右の本則から外れたものといわざるを得ない。

もっとも、遺言執行者が指定されていない場合においては、受遺者は、相続登記を経由している相続人らに対し、直接、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めることができるのであり、受遺者から目的不動産を取得した第三者においても同様である。このことからすると、遺言執行者に指定された者が就任を承諾しながら、その任務を懈怠し、相続登記が放置されたまま長年月経過して、その任務の履行が期待できないときでも、受遺者又は同人から目的不動産を取得した者が、直接、名義人である相続人を相手にすることは許されず、当該遺言執行者又は所定の手続を経て選任された遺言執行者(民法一〇一九条、一〇一〇条)を手続に関与させなければならないのか、この点については検討の余地がないでもないと考える。

いずれにしても、被上告人らの上告人らに対する本件更正登記手続請求は許される余地はないのであって、被上告人らがその意図するところを実現するためには、別途適切な手段を採ることが必要であり、本件請求を棄却するのが相当と思料する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣 裁判官奥田昌道)

上告代理人安福謙二、同中村久瑠美、同西島良尚の上告理由

目次

第一 上告にあたって

第二 本件の事実関係と原審の判断について

一 争いのない本事件の事実経緯

二 原審の判断と誤り

第三 民法一〇四二条の解釈適用の誤りについて

一 本件はそもそも民法一〇四二条の適用問題ではないこと

二 仮に一般的には同条の適用問題だとしても本件に適用するにあたって民法一〇四二条の解釈及び本件への具体的な適用を誤ったこと(原判決が昭和五三年一二月二〇日最高裁大法廷判決の趣旨違反であること)

三 右二に関わる適正な法解釈の方法の一つとしての「抗弁権の永久性の法理」(通説)に照らし、抗弁権としての遺留分減殺請求権が認められるべきこと

四 被上告人らが共同相続登記の存在を熟知しながら一三年以上もあえて放置した事実の法的評価を誤り同条の適用を誤ったこと

第四 右共同相続登記の意図的放置の法的評価を誤ったことにより法令の解釈適用を誤ったこと(右第三の四で述べたような民法一〇四二条以外の法令の解釈適用でも問題となること)

一 右事実評価の本件における重大性

二 民法九四条二項類推適用が可能であること(各要件充足の吟味、特に上告人らが同条項類推適用にあたって問題となる善意の「第三者」の要件にあたること)

三 被上告人らが本件土地の全持分を取得したのに、上告人らの法定相続分をも含む既存の共同相続登記を熟知したうえで一三年以上これを放置しておき本訴に及ぶことは被上告人らの禁反言法理・信義則(民法一条第二項ないし第三項)違反であること

第五 結語

第一 上告にあたって

一 原判決及びその引用する第一審判決は、法の解釈適用にあたってはその形式的判断に終始し、判決が自ら認める「不条理」な結論に至っている。

上告人らは、非嫡出子ないし戦前に推定家督相続人を排除された子の代襲者であり、被相続人の財産は正妻であり嫡出子である被上告人らの排他的な管理支配の下にあるので、その財産管理についてはカヤの外に置かれていた。

その結果、上告人らは、本件土地の訴外人への遺贈の事実、被上告人らの訴外人に対する遺留分減殺請求訴訟とその裁判上の和解において被上告人らが本件土地の全持分を極端に安価で取得した事実を知る機会をまったく保障されることがなかった。

しかも、上告人ら以外の何者かが、本件相続開始後すぐに本件土地について上告人らの法定相続分をも含んだ共同相続登記を行い、被上告人らは右裁判上の和解において本件土地の全持分を取得したのにもかかわらず、右共同相続登記の存在を熟知しながら、あえて自己の権利取得を登記することなく一三年以上も放置し、上告人らの法定相続分が保全されているかのごとき外観を作出した。

そして、現に上告人らは右登記を信頼し、初めて被相続人の親族として正当に扱われたことに感謝し安心していたところ、被上告人らは、本訴において一三年以上も前の本件土地の全持分取得を反映する更正登記の請求を行うに至り、他方、上告人らは訴外人への遺贈の事実や被上告人らが本件土地を取得していた事実を初めて知った。

原判決は、右のような本件に対し、民法一〇四二条を形式的に適用するだけで、上告人らの遺留分権は除斥期間により既に消滅しており被上告人の請求に対し何らの抗弁も認められないとする。

二 上告人らが、なにゆえ上告に及んでまで自己の権利を主張してやまないか。それは決して上告人らが本件土地の法定相続分や遺留分相当の財産的利益に固執するからではない。

被上告人らのやり方はあまりにアンフェアであり上告人らの人間としての尊厳を軽視するものであり、このような不公正なやり方をなんの思索の跡も見られない形式的判断で法の名のもとに正当化しようとする原審裁判所は、すでにその職責を放棄している。上告人らにはそのように思えてならないからである。

法の正義を実現する最後の砦である最高裁判所におかれては、上告人らの主張が本当に無理なものであるのか否か、真剣に検討された上、法のありかを示して頂くことを切望する。

上告人らは、以下のとおり、原判決の誤りを論証する。

第二 本件事実関係と原審の判断について

一 法的問題点を論じる前提として、原審及び第一審の認定した証拠によって明白で争いのない本事件の事実経緯は以下のとおりである。

1 被相続人である訴外Aは、昭和五七年三月三一日、公正証書遺言をもって、

①その所有の別紙物件目録一及び二記載の土地(以下両者を合わせて「本件土地」という。)を訴外Bに遺贈し、

②被上告人ら両名を推定相続人から排除する意思を表明し、

③祖先の祭祀を主催する者として右Bを指定し、

④遺言執行者としてCを指定した(甲第一号証)。

2 被相続人Aは、昭和五七年四月六日死亡し、右公正証書遺言は効力を生じた(民法九八五条第一項)。

3 その後、遺言執行者は東京家庭裁判所に対し、上告人らの推定相続人排除の申立をし、同裁判所は、昭和五八年九月二一日、右申立を却下する審判をした(甲第二号証)。

4 被上告人らは、右排除の申立がなされたことから、右遺言の存在・内容を知ることになった。

そこで、被上告人らは、昭和五八年中に、訴外Bに対し、遺留分減殺請求権の訴えを提起した。

5 右裁判において、訴外Bと被上告人らとは、昭和五九年五月一六日、東京都豊島区にある本件土地(宅地 549.15平方メートル)の全持分を被上告人らが取得し、被上告人らは訴外Bに対し富士宮市山宮字横手の土地(畑 六九平方メートル)の持分四八分の三〇を譲渡するとともに、金五〇〇万円を交付するとの合意に至り、裁判上の和解が成立した(甲第三号証の和解条項一、二、三)。

6 しかるところ、本件土地について、東京法務局豊島出張所昭和五七年四月二七日受付第三〇四号をもって、昭和五七年四月六日相続を原因とする、上告人ら及び被上告人らを含む全共同相続人の法定相続分を反映した共同相続登記がなされ、以後そのまま放置され現在に至っている。

7 被上告人らは、上告人らに対し、平成七年一〇月ころに至って始めて、代理人を通して印鑑押捺代として金五〇万円支払うから上告人らの各持分を被上告人らへ移転登記する同意を要請する連絡があった(上告人ら平成八年一〇月二三日付X2記載答弁書3参照)。

上告人らが被上告人らの右申出を拒むと、被上告人らは、平成八年九月二〇日に至って、上告人らに対し、右訴外Bとの裁判上の和解による本件土地の取得を理由として所有権に基づく登記名義の回復請求(後日更正登記手続請求に訴状訂正)訴訟を提起した。

二 原審の判断とその誤り

1 原審は、右事実経過を、単に上告人らは、受遺者から当該遺贈財産を譲り受けた被上告人らに対し、被上告人らが上告人らの遺留分侵害の事実について悪意のときに(民法一〇四〇条第一項但書)、しかも除斥期間内(同法一〇四二条)に、遺留分減殺請求権を行使しうるだけの問題であるとした。

2 本件土地が被相続人のほとんど唯一の遺産であり、かつ、被上告人らが訴外Bに対して遺留分減殺請求訴訟を提起したとき、上告人らの相続分を訴状記載のうえ自らの遺留分を特定していることから、被上告人らは、上告人らの遺留分を侵害する事実を熟知しており、悪意であったこと明らかであり第一審判決及び原判決の認めるところである(第一審判決第二参照。)

しかし、上告人らは、本訴訟提起により初めて自分達の遺留分が侵害されたことを知ることができたのではあるが、それは相続開始から約一三年ないし一四年以上経過していたので、民法一〇四二条を適用する限り、上告人らの遺留分減殺請求権の行使はできないとして、上告人らの主張は排斥されたのである。

3 しかし、原審のこのような判断は、余りに形式的であり、正義に反するものである。

それこそ第一審判決も、そしてこれをほとんどそのまま引用する原判決も認めているとおり、まさしく「不条理」である。

本件は、単純に民法一〇四二条の適用問題であると解するところに原判決及び第一審判決の誤りがあると言わなければならない。

第三 民法一〇四二条の解釈適用の誤りについて

一 本件を本条の適用の問題とすることについての誤り

――遺留分減殺請求権以前の相続権の侵害の問題であること

1 被上告人らは、右公正証書遺言の存在について、被上告人らを推定相続人から排除する旨表示されたその遺言内容から、いち早く知ることができた。

また、係争物である本件土地は、被上告人らが居住所有する土地の近隣であり、被上告人らが賃料等も収受して支配管理しており、遺産である本件土地の事実上の支配管理だけではなく、その権利関係の情報等も被上告人らが排他的に支配管理していたのである。

他方、上告人のうち二名は被相続人の非嫡出子であり、また、一人はその父が相続人から排除された結果代襲者となった者であって、正妻であり、また嫡出子である被上告人らに対して著しい遠慮を強いられた特殊な関係であったところから、本件土地を含む一切の遺産についての管理支配のカヤの外に置かれていた。

このように遺産について文字通り排他的に支配管理していた一部の共同相続人である被上告人らが、他の共同相続人である上告人らに遺贈の事実を知らせず、受遺者訴外Bに対する遺留分減殺請求訴訟の裁判上の和解の場を借りて本件土地の全持分を取得したのは上告人らを排除した実質的な遺産分割と言うべきものである。

さらに、被上告人らは、右和解によって得た権利を直ちに登記に反映することが容易にできたのにもかかわらず、本件土地にはすでに上告人らの法定相続分も認める共同相続登記がなされていたが、これをあえて一三年以上も放置し、上告人らの遺留分減殺請求権の除斥期間の経過した後になって全持分を取得したことを根拠に更正登記請求を求めたのが本訴である。

2 このような一連の行為を全体的に観察すれば、訴外Bへの遺贈を奇貨とした被上告人ら一部の共同相続人による他の共同相続人である上告人らの法定相続権の侵害に外ならない。

本件は、単純な遺留分侵害の問題だけではなく、結果的に訴外Bを藁人形的なものとし、かつ、右共同相続登記を利用した背信的ともいえる被上告人らによる上告人らの法定相続権そのものの侵害の問題と捉えなければならない。

3 訴外Bとの関係では同人からの被上告人らの本件土地の全持分の取得は有効であるとしても、被上告人らと上告人らとの関係では、本件土地の取得は被上告人らが自らの法定相続分を越えた部分については無効ないし少なくとも上告人らには対抗しえないものというべきである。

上告人らは、被上告人らに対し、本件土地について各法定相続分に応じた持分権(所有権)を主張できると解すべきである。

4 このように、本事件は、民法一〇四二条の適用されるべき事件ではなく、時効期間等が問題となるのであれば、同法八八四条が適用されるべき事件である。

二 本件が民法一〇四二条の適用問題であるとしても、その解釈及び本件への具体的な適用についての誤り

1 仮に、本件土地は、被相続人から訴外Bへ遺贈されたことによって被相続人の遺産からあくまで離脱しており、相続人らの法定相続分の権利はもはや認められず、あとは遺留分減殺請求権の問題が残るのみとなり、共同相続人間の遺留分侵害についても一般的には民法一〇四二条の適用があるとしても、本件のような事案に対してはその適用は制限され、消滅時効ないし除斥期間の経過を前提とした判断をすべきではない。

本事件は背信的な悪意のある一部の共同相続人(被上告人ら)による他の共同相続人(上告人ら)の遺留分の侵害であるから、最高裁大法廷判決昭和五三年一二月二〇日(民集三二巻九号一六七四頁・判時九〇九号三頁。なお、昭和五三年度最高裁判例解説〔43〕参照。)の趣旨に照らして、被上告人らは民法一〇四二条の消滅時効の援用ないし除斥期間の経過を認められるべき者にはあたらないからである。

この点については、控訴理由書四以下で詳論したところであるが、ここで再度論ずる。

2 被上告人らは、受遺者からさらに本件土地を譲受けた者であるから、上告人らが被上告人らに対し遺留分減殺請求権を行使しようとすると、「譲受人が譲渡の当時遺留分権利者に損害を加えることを知った」ことを必要とする。

前述のように、本件では、本件土地が被相続人のほとんど唯一の遺産であり、かつ、被上告人らが訴外Bに対して遺留分減殺請求訴訟を提起したとき、上告人らの相続分を訴状記載のうえ自らの遺留分を特定していることから、上告人らは、被上告人らの遺留分を侵害する事実は熟知して悪意であったことが明らかである。この点は、第一審判決及び原判決が認めているところである(原判決がほぼ引用する第一審判決「第三 争点に対する判断」の二参照。)

3 本件では、受遺者である訴外Bから本件土地を取得した被上告人らは、上告人と同様な共同相続人であり、本件土地を排他的に管理占有していた者であり、しかも、訴外Bから本件土地を遺留分減殺請求訴訟の和解の場で取得した当時、上告人らの遺留分の存在と被上告人の本件土地の取得によって上告人らの遺留分を侵害することになることを熟知していた者であり、本件土地の全持分取得の登記をすべきでありかつ容易に登記をすることができるのにあえて共同相続登記を放置し上告人らの遺留分減殺請求権の行使の機会を封じた者であり、上告人らの遺留分減殺請求権の除斥期間経過を狙いすましたかのように本件訴訟を提起してきた者である。

このような被上告人らは、もはや民法一〇四二条一項但書のいう「譲渡の当時遺留分権利者に損害を加えることを知った」という単純な悪意者ではなく、訴外Bに対する遺贈を奇貨として上告人らの遺留分の侵害を積極的に意図して本件土地を取得し、その後も行動し本件訴訟に至っているのであり、このような者は背信的悪意者というべきである。

4 しかも、特に注目すべきは、被上告人らが本件土地の権利を取得した時、上告人らの遺留分を侵害することを熟知した上で、上告人らではない何者かによって既になされていた共同相続登記を一三年以上も放置していた事実である。

この場面では、実体的権利を取得しても登記は対抗要件にすぎず直ちに登記すべき法律上の義務はないなどという形式的・断片的な常識論を持ち出すべきではない。すなわち、被上告人らは共同相続登記の存在を熟知しており、上告人らがこの登記の存在を知ったことによって遺留分が侵害された事実を知らず遺留分減殺請求に及ばないことを意図していたとしか考えられないのである。

訴訟の係争物となった本件土地を、弁護士がついたうえで裁判上の和解によってその全持分を取得したのである。その取得直後に登記も備えてその権利を確定的なものとするのが極めて自然である。

しかし、本件では、被相続人名義のままでもない他ならない上告人らの法定相続分を反映した共同相続登記がそのまま一四年以上も放置されたのである。それは被上告人らの右意図の現れと言う以外にない。

5 さらに、本件のように、本件土地を含めその他の被相続人の遺産や以前被相続人が所有していた財産をすべて排他的に管理していたのは被上告人らであり、被上告人らと上告人らとの特殊な関係から上告人らが積極的に相続権の行使もできない状況下で、上告人らの法定相続分も反映した共同相続登記が放置されることは、上告人らの遺留分が侵害された事実を決定的に知らしめないことを意味するのである。そして、現に、上告人らはこの共同相続登記の存在によって自らの相続分が認められているものと誤信してしまったのである。

6 右のような被上告人らには、少なくとも遺留分権者を犠牲にしてまで、その法律関係の安定を確保し取引の安全を図ろうとする趣旨である一〇四二条の時効ないし除斥期間の規定によって保護されるに値する者ではないというべきである。たとえ同条の一〇年の期間を除斥期間と解しても(除斥期間の概念自体必ずしも一定しているとはいえないが)、これを法的安定性のために絶対的に適用されるべきものと解すべきではないのである。

この点につき、原判決は、「受贈者に対する価格弁済請求が除斥期間により消滅するのに、財産取得者が遺留分減殺請求権についての除斥期間を援用しえないと解することはできない。」とする。

しかし、受贈者が正当な遺贈を受けた者である以上、その者との関係において遺留分権者がその減殺請求権についての除斥期間の制限に服することと、その遺贈を巧みに利用して共同相続登記をあえて長期にわたって放置し他の共同相続人の遺留分減殺請求権の行使の機会を背信的に奪った財産取得者である被上告人らとの関係では除斥期間の制限を受けないとすることとはなんら矛盾するものではない。当事者の個別的属性によって法律関係を相対的に考えることは多く認められることであり、さらに法の公正・公平な適用・運用を図る上で最も重視されるべきことであり、また、本件においては相対的に考えてなんら不都合もない。

7 右のような期間制限規定を制限的に解釈適用することは、相続回復請求権の規定(民法八八四条)の解釈適用において、最高裁が既に示しているところである(前掲最大判昭和五三年一二月二〇日)。

そして、右大法廷判決が、期間制限規定であってもその適用が制限される場合があることを示唆しているだけではなく、右判例の趣旨が特に本件には妥当すべきことの理由として、原審及び第一審でも述べた次のことを指摘しておかなければならない。

遺贈によって相続財産から離脱した財産については、相続人らの遺留分減殺請求権の行使の可否が問題となるだけであり、相続権の侵害は問題とならないというのが原判決の骨子の一つである(原判決の引用する第一審判決七枚目九行目以下参照。)。

しかし、ここで遺留分権あるいはこれを具体化する遺留分減殺請求権とはそもそも何かを考えてみる必要がある。

わが民法において遺留分は、相続人としての子ないしその直系卑属、直系尊属及び配偶者という法定相続人に認められ(民法一〇二八条、一〇四四条、八八七条二項・三項)、かつ、相続人の排除と遺留分権の喪失を直結させていること(同法八九二条)などから、一定範疇の相続人の相続権の一部を保障したものと解されている(相続権の一部を保障するフランス・ゲルマン型遺留分を基本的に継承したのがわが国旧民法及び現民法であることについて、例えば新版注釈民法四一九頁以下、高木多喜男「遺留分制度の研究」七三頁以下参照。簡潔なものとしては、林良平他編HAND BOOK 民法Ⅲ二六九頁伊藤昌司執筆部分参照。)。

したがって、遺留分権も相続権の延長線上で捉えられる権利であり、相続権の一種であると考えられている。

8 たしかに、一般論としては、相続財産につき遺贈を受けたり、当該財産について受遺者から転得する行為自体が相続権を直ちに侵害することになるわけではなく、あとは遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使するか否かの問題が残るだけである。

しかし、本件では前述したように、被上告人らは、上告人と同様な共同相続人であり、本件土地を排他的に管理占有していた者であり、しかも、訴外Bから本件土地を遺留分減殺請求訴訟の和解の場で取得した当時、上告人らの遺留分の存在と被上告人の本件土地の取得によって上告人らの遺留分を侵害することになることを熟知していた者であり、本件土地の全持分取得の登記をすべきでありかつ容易に登記をすることができるのにあえて共同相続登記を放置して上告人らの遺留分減殺請求権の行使の機会を封じた者であり、上告人らの遺留分減殺請求権の除斥期間経過を狙いすましたかのように本件訴訟を提起してきた者である。

このような態様で、上告人らの遺留分減殺請求権の行使の機会まで奪うことは正義に反し、これは上告人らの相続権の一部として保障されている遺留分権の不当な侵害と言わざるをえない。

9 このように、遺留分減殺請求権の行使の機会まで奪うまでに至ったときは相続権の侵害に他ならないということ、及び、相続回復請求権の行使の除斥期間ないし消滅時効期間を定める民法八八四条も遺留分減殺請求権の除斥期間ないし消滅時効時間を定める民法一〇四二条も一定期間の経過で法律関係の安定を確保し取引の安全を図ろうとする趣旨は同じであること、さらに共同相続人間においては特に相互の公平を特に留意されるべきであることなどから、右大法廷判決の趣旨が民法一〇四二条にも類推されるべきは、理の当然というべきである。

10 したがって、本件においては、上告人が被上告人に対し遺留分減殺請求権を行使するとき、民法一〇四二条の適用はないと解すべきである。

三 抗弁権の永久性

1 仮に右二で述べたことが認められず、控訴人らの遺留分減殺請求権が民法一〇四二条の適用に服し積極的な遺留分減殺請求権の行使が認められないとしても、本件のように、未履行の登記請求に対する抗弁として遺留分減殺請求権を行使する場合には同法の適用がないと解すべきである。いわゆる「抗弁権の永久性の法理」が認められる場合である(通説である。新版注釈民法二八巻四九七頁以下参照。)。

この点判例(大審院昭和一三年二月二六日判決民集一七巻二七五頁)は、遺贈の履行請求に対して遺留分権利者が抗弁の形で減殺請求している事案で、減殺請求権の消滅時効の規定(旧民法一一四五条)の適用があることを前提として判断している。

このことから、判例は、抗弁権の永久性の法理を否定しているかのように紹介されているが、この認識自体正しくない。

右判例の事案では、短期一年の消滅時効の起算点である「減殺すべき贈与又は遺贈のあったことを知った」ときというのは何時であるかが問題となり、右判例は、ただ単に減殺の対象とされる贈与又は遺贈のあったことを知っているだけでは足りずその贈与又は遺贈が遺留分を侵害し減殺することができることまで知っていることを必要とするとして、遺留分減殺請求権の消滅時効の起算点を遅らせて、結局遺留分減殺請求権の行使を認めた事案であり、抗弁権の形で遺留分減殺請求権が行使されるときに、全面的に消滅時効に服することまで判断したものではない。

むしろ、遺留分減殺請求権の行使をできるだけ尊重しようとした右判例である点を注意すべきである。

2 原判決の引用する第一審判決は、抗弁権の永久性の法理について「同条の規定上、そのように解すべきことにならない。」とするが、通説を否定する根拠はなんら示されていない。

本件のように、共同相続登記のままで放置され、しかも本件不動産の支配管理のカヤの外に置かれ贈与の存在やその後の実体的処分を何ら知ることができないでいた上告人らに、積極的な遺留分減殺請求権を行使せよというのは不可能であり、その時効ないし除斥期間完成後に相手方が現状の変更を求めたときにこれを認めることは、著しく上告人らに酷な結果となるだけでなく被上告人らの利益に偏すること甚だしい結果となる。

3 原判決は、右法理を認めなくても、「相続により財産の占有を開始した相続人は一〇年の取得時効で対抗しうる等の措置が考えられるから、不都合とはいえない」などと述べているが、そうすると相続財産について占有していない本件のような相続人には右のような不測の事態に対抗しうる措置は不要ということになるが、不当である。

4 また、原判決の引用する第一審判決は、「被上告人(控訴人・上告人)らを含む共同相続人において遺産分割協議をしようとしなかったことに」今日の上告人らの不利益の原因があることを述べている。

しかし、本件土地を排他的に占有管理していた被上告人らが全持分取得の登記をあえて懈怠して共同相続登記がされたままになっていたからこそ、上告人らは、被上告人らが(いままでは全く無視されていたが被相続人が亡くなり最後のところだけは)自分達の相続した権利を認めてくれ、それが正当に保全されていると感謝し安心していたのである。

そして、上告人らは、自分達から遺産分割協議を被上告人らに早急に請求することなど上告人らと被上告人らとの特殊な関係から思いもつかないことであり、いずれ被上告人らから分割の話があるだろうと安心していたのであり、むしろそのあたりを見越した上で、被上告人らは、あえて共同相続登記を一三年以上も放置したのである。

相続が開始しても、遺産である不動産について二〇年や三〇年も共同相続の登記もなされず正式な遺産分割協議もしないで放置されたままになっていることは一般的に多く見られるところである。

本件の場合には、さらに加えて上告人ら以外の共同相続人の誰かがなぜか早くから共同相続登記をしたことから、上告人らは初めて親族らしい扱いを受けたと思い感謝し法定の権利が登記により保全されていることに安心していたこと、及び、上告人らと被上告人らとの特殊な関係からすると上告人らから遺産分割協議を要請することには著しい遠慮があることなどの事情を考慮すれば、原判決のように上告人らが遺産分割協議をしようとしなかったことが今日の上告人らの不利益を被る原因であるとして上告人らを非難するのは、上告人らの長年の心情を全く理解しない非情な(卑劣とも言うべきである)言辞であり、国民の常識や心情を汲み取った公平・公正な判断を行うことを国民から付託されている司法の言辞とは思えないものであり、本件事案の実情を無視し現実社会から乖離した空虚な観念論にすぎない。

四 共同相続登記の放置存続によってすでに法定相続分取得あるいは遺留分減殺請求の意思表示が表明・表象されていると解すべきこと

1 仮に、以上のような民法一〇四二条に関する法解釈が認められないとしても、本件相続開始後早々に本件土地について上告人らの相続分も含め共同相続登記がなされ、被上告人らが本件土地を訴外Bから裁判上の和解において全持分を取得しそれを反映した登記をすべきでありかつ容易に登記ができたにもかかわらずこれを放置した事実は、被上告人らにおいては、上告人らの法定相続分を反映した共同相続登記を熟知しこれを更正すべき立場にありながら引き続き長期にわたって放置したことにより、上告人らの法定相続分を認める意思を表明したことにほかならず、他方上告人らにおいてはその法定相続分の取得の意思が表明されたことに他ならない。

2 したがって、被上告人らにおいては、訴外Bから本件不動産を取得後、共同相続登記をあえて放置したことにより、上告人らの相続分についてこれを否定する意思をすで放棄しているものと解され、本訴訟において上告人らの本件土地の共同相続登記を被上告人らに対する所有権移転登記に更正することを求めることは許されないというべきである。

3 仮に、訴外Bへの遺贈があった事実にこだわり、本件土地が遺産から離脱したものであることを前提とせざるをえないとしても、右共同相続登記の放置存続によって、上告人らの本件不動産に対する相続を契機とする遺留分減殺請求の意思は表明され続けたと評価できるし、被上告人においてもこれを認めていると評価できる。

したがって、少なくとも、被上告人らは、上告人らに対し、上告人らの遺留分の限度で本件更正登記を請求することはできないと解すべきである。

4 被上告人らが、本件土地の全持ち分を取得した後も長期にわたって放置存続させた事実の法的評価を正当に行うならば、本件は民法一〇四二条を適用して解決すべき事案ではないと解されるのである。

この点は、次の第四の問題でもあるので、第四においてあらためて論じる。

第四 昭和五七年四月六日受付の上告人らも含めた全共同相続人の共同相続登記が何者かによりなされ、これが現在まで放置され続けている事実についての法的評価・判断の誤り

一 法定相続分について共同相続登記がなされ、これが放置されている事実についての本件における重大性を看過していること

1 被上告人らが、昭和五九年五月一六日、訴外Bから裁判上の和解において本件不動産の全持分を取得し、既に存在した昭和五七年四月二七日受付の上告人らの法定相続分も反映した共同相続登記を平成八年九月二〇日に本訴提起に至るまで約一三年も放置した事実の重大性についてはこれまで何度も述べたところであるが、原判決及びその引用する第一審判決は一貫して右事実の法的評価を誤っている。

2 右事実自体の重大性は、被上告人らと訴外Bとの通謀があることや被上告人らの上告人らに対する特段の悪意が立証されなくても、いささかも減殺されるべきものではない。

右事実だけで左記のような法的主張が成り立つのであり、原判決は、この点の法的判断を誤っているというべきである。

二 民法九四条二項類推適用が可能であること

1 被上告人らは、訴外Bから裁判上の和解において本件土地の全持分を取得し、これを反映するような登記をすべきであり、かつ、これを容易にできるにもかかわらず、既存の上告人らも含めた共同相続登記が存在することを熟知し、これをあえて一三年以上の長期にわたって放置した。

このことは、判例が民法九四条二項を類推拡大適用するにあたって、真の権利者の外観作出についての帰責性の要件を満たすことは明らかである。

すなわち、真の権利者が自ら不実の登記をしなくてもその存在を知っていてあえて放置していた場合、民法九四条二項を類推適用することは判例(最判昭和四五年九月二二日民集二四巻一〇号一四二四頁)の認めるところであり、真の権利者と他者との通謀は不要である。

2 むしろ、本件で問題なのは、上告人らが九四条二項を類推適用し保護される「第三者」と言えるかである。

判例は、右の第三者とは、虚偽の外観についての「当事者又は一般承継人以外の者であって、その表示の目的につき法律上の利害関係を有するに至った者」であるという(最判昭和四二年六月二九日判例時報四九一号五二頁他)。

これを、虚偽の外形に基づいて新たにその当事者から独立した利益を有する法律関係に入ったために、虚偽の外観の有効無効について法律上の利害関係を有するに至った者であるなどと厳密に定義する学説(四宮和夫「民法総則」第三版一七二頁参照。)もある。

本件の上告人らは、放置された虚偽の共同相続登記を信頼して新たに法律上の利害関係を有するに至った者ということができるか困難な問題ではある。

しかし、仮に、原判決のように上告人らの遺留分減殺請求権の行使を相続開始から一〇年の除斥期間によってこれが排斥されるという結論を取るのであれば少なくとも次のことは言えるので注意を喚起しておきたい。

上告人らは、共同相続登記を信頼していたがゆえに、遺留分減殺請求権を行使する機会を逸して、相続開始から一〇年経過した時点で遺留分減殺請求権を失うという新たな法律上の利害関係を有するに至ったのである。

すなわち上告人らは、共同相続登記という外形を信頼したがゆえに、遺留分減殺請求を行わないという不作為にでたのであり、それによって新たな遺留分減殺請求の喪失という消極的な利害関係を有するに至ったのである。外観どおりであれば、上告人らは法定相続分を認められる地位にあり、少なくとも遺留分を喪失する地位には至らなかったのである。

権利外観法理は、外観作出について帰責性ある真の権利者を犠牲にしてその外観を信頼して新たな利害関係を有するに至った第三者を、その信頼した外観どおりの法律効果を前提として保護する法理であり、ここにいう「第三者」とは真の権利者を犠牲にしても保護に値する地位・利害を有するか否かがその要諦であり、積極的な取引に入ったか否かは必ずしも不可欠の要件ではない。

この点、外観を信頼して新たな利害関係を有するに至った者=「第三者」ではない例としてあげられる、一番抵当権者の登記が虚偽の抹消によって順位が昇進したと信頼した二番抵当権者のように、単なる反射的利益を有する者とは決定的に異なる。

上告人らは、共同相続登記を信頼したがゆえに、遺留分減殺請求を行う機会を逸して、相続開始から一〇年経過した時点で遺留分減殺請求権を失うという新たな重大な法律上の利害関係を有するに至ったといえるのであり、信頼した外観どおりであれば遺留分権は喪失しなかったのである。

3 上告人らが、被上告人らが訴外Bから本件土地の全持分を取得したことを初めて知り、共同相続登記が実体的権利関係と異なりうることを知ったのは、被上告人らの代理人から登記の更正に印鑑を押すよう求める連絡を受けた平成七年一〇月ころであり、上告人らが共同相続登記の外観を信頼して相続開始から一〇年経過し遺留分減殺請求権を喪失したとされる平成四年四月ころの時点で善意であったことは明らかである。

したがって、上告人らは、民法九四条二項類推適用によって保護される「善意の第三者」である。

4 以上より、被上告人らは、外観作出につき帰責性ある者として共同相続登記の自らの持分を越えて本件土地の権利を被上告人に対して主張できないというべきである。

三 被上告人は、共同相続登記の放置存続によって上告人らの法定相続分を認めていること。少なくとも当該登記の存続によって上告人らの遺留分減殺請求権の行使の意思表示が表象され、かつ、被上告人らも当該登記の放置によってこれを認めていること。

1 また、被上告人らが訴外Bから裁判上の和解において本件土地の全持分を取得し、既存の共同相続登記の存在を熟知して本訴に至るまで約一三年も放置した事実は、以下のような法的評価をすべきものである。

2 被上告人らは、本件土地の全持分を訴外Bから裁判上の和解において取得し、その権利を反映した登記をすべきであり、かつ、容易に登記できたのにもかかわらず、しかも、既存の登記が、上告人らの法的相続分も反映した共同相続登記であることを熟知して、これを一三年以上も放置したのである。

これは、被上告人らが、その内心の真意がどうであれ、法的評価としては被上告人らの法定相続分を認める表示行為を行ったものに他ならない。

また、上告人らにおいては、自らの法定相続分の享受の意思が当該登記に表明されていると評価することができる。

3 したがって、被上告人らは、一三年以上経過して、登記された相続持分を越えて本件土地の全持分の取得を主張し、上告人らの法定相続持分を否定するような本訴における更正登記の請求は、禁反言の原則に反し、信義則上許されないと解すべきである(民法一条二項・三項)。

原判決の引用する第一審判決八枚目裏七行目(第四結論の前辺り)において、「原告らの本件請求が権利濫用に当たるものでもない。」と断言しているが、原判決は、右の事実の評価を正しく行わなかった結果、そのような誤った判断に至ったものである。

4 たしかに、原判決が指摘するとおり、遺言執行者が遅滞なく相続財産目録を調整してこれを相続人に交付すべきこととされているのにこれを怠るなど、遺言執行者の義務懈怠が、上告人らが遺留分減殺請求権の行使の機会を失った原因の一つとなったことは否定しない。

また、被上告人らは、訴外Bに対する自らの遺留分減殺請求権の行使を他の共同相続人に告知すべき法律上の義務が直ちに生ずるものではないことも否定しない。

しかし、右のことによって被上告人らが、裁判上の和解で本件不動産の全持分を取得した後、あえて一三年以上も共同相続登記を放置したことの帰責性を帳消しにできるものではない。

被上告人らが、訴外Bから本件土地を取得して以後の行動を含めて評価するならば、上告人らの本件土地についての権利喪失を遺言執行者の義務懈怠だけに帰せしめられるものではないのである。

5 被上告人らが、共同相続登記をあえて放置した意思的不作為に注目すれば、むしろ上告人らの法定相続持分をすべて認めたと解すべきである。

仮に、訴外Bへの遺贈により本件土地の遺産性の喪失という事実にあくまでこだわるとしても、次のような主張が可能である。

被上告人らは受遺者訴外Bからの悪意の転得者であり(民法一〇四〇条一項但書)、訴外Bから本件土地を取得した時点では、上告人らから遺留分減殺請求権を行使される立場にあった。

しかるに、上告人らの共同相続の持分の登記の存在を熟知した上でこれを一三年以上も放置したということは、少なくとも上告人らの共同相続登記に含まれる遺留分について認めた(少なくともこれを認めた外観を作出した)ということであり、上告人らもこの登記の存在を確認したことで法定相続分に含まれる少なくとも遺留分についての意思を登記の存在が表象していたと解することができる。

したがって、少なくとも、被上告人らは、被上告人らの遺留分を否定して本訴における更正登記を求めることは、禁反言の原則に反し、信義則上許されないと解すべきである(民法一条二項・三項)。

第五 結語

法の解釈適用にあたって専権を有する裁判所においては、自らその結論が「不条理」であると認めるなら、その「不条理」を最大限回避するための努力をするのがその職責である。

第一審判決をそのまま引用し上告人らの法的主張に対して真剣に検討した形跡がまったく見られない原判決はもとより、第一審判決もその職責を果たしているとはいえない。

裁判所の法の解釈にあたっての専権は、それを裏付けるだけの研究調査と固定観念にとらわれない法に対する深い洞察と柔軟性、そして必要なときには必要な勇気が前提となって、初めてその意味があると考える。

最高裁判所におかれては、上告人らの人間として極めて当然の主張を踏まえられ、上告人らの主張の当否を真剣に検討された上で、法のありかを示して頂くことを当職らは切望して、本上告理由の結語とする。

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